エジプト 「革命」の行方 (旅の続き)

政変から三週間余り、ラマダンに入って三回目の金曜日。
数日前、シシ国防相が異例の呼びかけを行った。

「(軍に)暴力とテロに対抗する力を与えてほしい」と述べ、国民に対し、26日の金曜に行われる暫定政権支持派のデモに参加するよう呼びかけた。

表向きは中立の軍が、公然とデモの動員に動くのは極めて異例。26日には同胞団もデモを呼びかけており、反発は必至。大規模な衝突が懸念される。

(MS産経ニュース 7/24日)

この演説に先立って、
マンスーラという町で警察署を狙ったと思われる爆弾事件があり、
警官一名が死亡している。モルシ政権をめぐっての対立では、
6月28日以降死者が200名を超えた。
クーデター後のエジプトの死傷者数 中東の窓 7/25日)

各方面から融和が呼びかけられているにもかかわらず、
対話の糸口は見えず、ずるずると死傷者が増え続けている。

そんな中、民衆からは、市民生活に支障をきたすモルシ支持デモに、
批判の声も上がるようになった。
同胞団は、政権運営による不支持から、
さらに支持率を減らしているということだろうか。
とすれば、ここに、先鋭化の可能性が高まる。

このタイミングでのシシ国防相の暫定政権支持デモの要請と、
対暴力・テロ取り締まりに対する許諾要請である。

もしかしたら、今日が大きな転換点になるような気もする。
三週間前、大がかりなデモ(とデモを鎮静化できない政権)に軍が介入し、
あれよという間に「(事実上の)クーデター/二度目の革命」へと進展した。

2011年の1.25革命後、議会選挙、大統領選挙、憲法制定と、
民主化プロセスを進んでいたはずのエジプトが、なにゆえ二年半で、
自らが積み上げたものをご破算にするようなことになってしまったのだろう。

外からは唐突に見える政変だけれど、
メディア規制、大統領の拘束・権限剥奪、憲法停止、
暫定大統領選出、暫定内閣組閣、そして新憲法案の作成に着手と、
一気にことが進んでいく様を見ると、
計画は相当練られていたようにも見える。

政変の発表の場には、世俗リベラル左派だけでなく、
イスラム宗教指導層(アズハル)、
イスラム厳格主義(サラフィー)の政党ヌール党などのイスラム勢力の他、
コプト教徒(キリスト教)など、
同胞団以外のほとんどの政治勢力が顔を揃えていた。
これを、軍によるクーデターではないとするイメージ操作だ、
と言い切るには無理があるように思う。

この政変でまず感じたのは、以下のようなことである。

◆これはどう言い逃れしようとクーデターである、
また、せっかく勝ち取った民主化プロセスの崩壊であり、
1.25革命を踏みにじるものである、と断定することに対する違和感。

国際標準とは違うエジプト的民主化というもの、
あるいはイスラム社会的(イスラム教的ではない)民主主義
というものがあるのではないか。
結果だけを見て「クーデター」と決めつけるのではなく、
「第二の革命」「革命の第二段階」と呼ぶ人々の真意や生の声、
ここに至る道筋をもっと見るべきではないのか。

◆三月に訪れたエジプトで、ガソリン不足、物価高騰、仕事不足などについて、
ガイドは「すべてが前政権より悪くなった」と吐き捨てるように言った。
ガソリンスタンドの長蛇の列を目の当たりにもした。
生活の困窮が、これ以上耐えられないほど進んでいたのではないのか。

◆今年1月に読んだ毎日新聞の記事の意味。
エジプトの女性作家サーダウィーはインタビューで、
教育のいきわたっていないエジプトでは、
民主的な選挙が十全に行われたとはいえない、
新憲法で宗教による独裁性が前政権より悪化し、
人権は後退した、と述べていた。
選挙によって選ばれたというモルシ政権の民主的正当性は、
本当のところどうなのか。

そのことを、1.25革命のその後の進展の中で、
もういちど見てみる必要があるのではないか。
このような疑問を頭の片隅において、マスコミやネット情報などを追ってみると、
次第にはっきりと見えてくるものがあった。

実際のエジプトを取材したフリージャーナリストの記事や、
日々現地の情報に接していた研究者のブログでは、
国民のモルシ政権の失政に対する批判の大きさから、
政権の命運は長くはないこと、最悪クーデターの可能性もあることが、
今年に入ってから指摘されていた。

また、軍は、デモがある程度の規模を超えたら介入するつもりでいる、
という情報もあった。

では人々は、モルシ政権の何にそれほど反対していたのか。
1.25革命後から「第二革命」までの道筋はどのようなものであったのか。

これらについて、非常によくまとまった動画を見た。
「エジプト情勢 これからどうなる」① 鈴木恵美 早稲田大学イスラム研究会

鈴木恵美さんは、早い時点で、
エジプト革命はいかに宗教勢力に奪われたか―革命青年勢力の周辺化と宗教勢力の台頭―
(中東政治変動の研究―『アラブの春』の現状と課題― )
というタイトルで、1.25革命の推進勢力であった左派リベラル青年層が、
選挙と憲法制定までのあいだに、いかにして力を失っていったかを記しているが、
上記動画は、その道筋を「6.30第二革命」まで負ったものである。

以下、要点をまとめてみた。

●1.25革命後、リベラル左派青年層は組織化や連携に失敗。
一方ムスリム同胞団やサラフィー派などイスラム勢力は、
モスクを拠点に組織力を活かし、政治勢力として台頭、軍との交渉力も優れていた。

●具体的な成果を急ぐあまり、民主化プロセスが、
組織力のある同胞団に有利な順番で進むことになってしまった。
この結果、議会選挙と大統領選挙で政権を取った同胞団は、
その後大統領の権限を強め、イスラム色の強い憲法制定に成功する。

●選挙や憲法制定において、
左派リベラル側が同胞団側に協力するにあたっての取り決め
(フェアモントホテル合意)が、
ことごとく裏切られたこと。その結果、同胞団宗教独裁色が強まった。

このことについては、少し説明が必要だろう。
政党の立ち上げに失敗した左派リベラルは、大統領選挙で、
旧ムバラク陣営のシャフィーク候補に勝たせるわけにはいかず、
「毒を飲む思い」でモルシに投票することにした。

そのさい、次のような取り決めが交わされた。
・各政治勢力の入閣 ・非同胞団員の首相
・大統領顧問は各方面から人材を登用

つまり、同胞団だけで組閣しない、アドバイザーも各方面から入れるなど、
同胞団の独裁にならないようにするという合意があったのだ。

大統領選でモルシ氏は1300万票を獲得。
シャフィーク氏は1200万票であった。
朝日中東ジャーナルの記事
エジプト革命2年 政治的混迷の背景と今後を読む 2013.2.1)によると、
同胞団の組織票が800万とのことだから、上記合意がなく、
リベラル派の票の積み増しがなかったら、モルシ氏は当選していなかった。

フェアモント合意から二か月後の8月、
モルシ大統領は軍の権限をはく奪するような憲法宣言
(最高権力者が一方的に緊急時に発令できる宣言)を発令し、
軍や県知事などを同胞団系の人事で固め、独裁色を強めていく。

11月、司法掌握と大統領権限強化を目的とした憲法宣言を発令。
これは、憲法起草委員会の閉会期限が迫る中、
司法が憲法案に違法判決を出す恐れがあったため、
憲法成立のために強行したもの。

●選挙の実態が必ずしも民意を反映した結果ではないこと。

エジプトの場合、組織票で宗教団体が強いというだけではない特殊な事情がある。
識字率の低さである。
サーダウィーが教育がいきわたっていないと言ったのは、
議会制民主主義についての教育だけのことではなく、
そもそも政党名を書けない人たちが相当数いるということでもあるのだ。

エジプトの選挙を考える際に重要なのは、国内の人口分布と識字率を含めた政治環境である。人口比でみると票の7割は農村部にあり、識字率はエジプト全体で60%台であるが、農村部では35%にまで低下するといわれる(2011年時)。しかも、農村部では選挙の意味も十分に理解されておらず、全てにおいて宗教的価値に重きが置かれている。このような社会では、宗教を基盤にした組織にとって、大衆の動員は比較的容易である。

新体制の下での議会選挙は公正に行われたことは間違いないだろう。しかし、多くの議席を獲得した、宗教を基盤とした党の勝利が動員によるものであるなら、本当の意味で民主的な選挙ではなかったといえる。そして、農村部において選挙の意味も分からないまま投票が行われる事態が改善されなければ、エジプトの議会選挙で宗教を基盤としない政党が勝利することは難しいだろう。

(鈴木恵美さんの上記論文 「エジプト革命はいかに宗教勢力に奪われたか」より)

識字率は多少増えているかもしれない。
Wikipedia だったか、平均70%台の数字を覚えているが、女性は50%台だった。
だが、都市より農村、富裕層より貧困層、
男性より女性が低いことに変わりはないだろう。

●憲法国民投票もまた、国民の信任を得たとは言えないような数字だ。

賛成1000万票、反対600万票。投票率は3割強。
投票数から言えば過半数だけれど、
5000万人の有権者数からすれば2割でしかない。

成立の条件がよくわからないけれど、反モルシ派は、
投票をボイコットするか、反対票を入れるかで割れ、
戦略を統一できなかった。
いずれかに統一できていれば、結果は違っただろう。

●上記のような経緯を経て、
2012年末よりモルシ政権と同盟団に対する非難が強まり、
他のイスラム勢力やコプト教徒、世俗派などが反同胞団で結束。

2013年になり、ガソリン不足、物価高、治安の悪化、
基幹産業である観光業の不振等、
同胞団の政策に対する不満の高まりもあり、
若者層が反モルシ政権の署名活動を開始、2200万筆を集める。

●「我々人民がレッドラインだ」「街頭に出る」

これはムバラクを退陣に追い込んだ際にもよく言われたスローガンで、
まず人民の要求が一番重要であり、制度や仕組みは二の次だという、
エジプト独特の「路上民主主義」がある。
この概念は民衆だけでなく、司法の長などまで広く支持されている。

●軍は2011年民主化プロセスの失敗から教訓を得ている。即ち、
・プロセスの順番でまず憲法を制定しようとしている
・暫定大統領に最高憲法裁判所長官を置いたこと
→司法のトップを大統領に置くことにより、
司法は違憲判断を出しにくい。

 

以上のような点から、
エジプトの「革命」の行方はどうなると予想されるのだろう。

鈴木恵美さんは、楽観的要素がないと言う。暫定政権の組閣では、
(コプト教徒と女性は入ったものの)同胞団だけでなく、
結果的にヌール党も離脱し、
イスラムを基盤とする勢力が排除されてしまった。
このことが今後どう転んでいくのか。

不確定要素には、たとえば憲法制定後の選挙の時期などにもある。
農繁期や夏の暑い時期には選挙に行く人はぐっと減ってしまうらしい。

だが、一番重要なのは、経済問題をどう解決していくのか、だろう。
モルシ政権のIMFへの援助要請は、
補助金(パンやガソリンは政府補助により非常に安い)カットができず、
とん挫していた。

ナセルの時代からエジプトは所得税をしっかりと徴収できていないという。
エジプトは、税金を取ることが緩い代わりに、
国が面倒を見るという「レント国家」であった。
「レント国家」である限り、民主化はなかなか難しいのだ。

しかも外貨準備高は、ムバラク末期の300億ドルが、
今は150億ドルまで減っている。
経済問題は、政権が代わってもまったく同様に残されているのだ。

つまり、(西欧)国際標準の感覚や常識が、
エジプトには当てはまらないということ。

また、ムスリム同胞団は、
ガザのイスラム武力集団ハマスの母体でもある。
武力衝突を煽るような一部の勢力を、
軍はどこまで抑えることが出来るのか。

となると、シシ国防相の政権支持デモへの要請と、
暴力とテロに対する制圧を認めてほしいという要請は、
非常に危うい賭けのようにも思える。

今、エジプトに対して言いたいのは、
いずれの側に対しても、殺すな!という一言だけだ。

 

翻って、参院選を終えた日本の今を見た時、
エジプトの状況が全く他人事思えない、ということがある。

業界の動員票で勝った政権は、本当に民意を反映しているのか。
選挙の勝利は国民の100%の信任ではない。
にもかかわらず、政権は一旦権力を握ると、
民意を無視した政策を平気で進めようとする。
民意を無視して政権が暴走した時、
私たちはそれを止める手段を持っているのか???

 

★この三週間で書いた参考記事

8 Comments

  1. エジプトについては、新聞の国際欄を斜め読みする程度。
    大掛かりな反政府デモ後、軍部が大統領を拘束、憲法停止で
    勝手に暫定大統領選出・・と進んでいったので
    これは「軍事クーデター」だ、と捕らえています。
    ただ「軍事クーデター」の詳細はエジプトにずっと関心を持って
    見てきた人たちから見ると単純に割り切れない性質なのかな。
    わたし自身の日頃のエジプトの国情に対する知識が薄いので、
    TVで見るシシ国防相はわかっても、
    >政変の発表の場には、世俗リベラル左派だけでなく、
    イスラム宗教指導層(アズハル)、
    イスラム神秘主義(サラフィー)の政党ヌール党などのイスラム勢力の他、
    コプト教徒(キリスト教)など、
    同胞団以外のほとんどの政治勢力が顔を揃えていた
    こうズラズラっと唐突に来ちゃうと、え〜〜と、どれがどんな性質だっけ?
    と戸惑ってしまうレベルで、日頃の勉強不足を謝るしかないです。
    ただ、デモやクーデターは突然起きない、それまでの問題、不満が
    積み重なり、あるとき勃然と噴き出す、と思う。
    同じ地球上に同じ時間を生きている人たちの状況は、
    もちろん自分とも無関係ではあり得ないとも考えています。
    決して「他人事」じゃないのだと。

  2. Annaちゃん、
    コメントありがとう。
    エジプトの同胞団デモ、懸念が現実のものになっちゃったね。
    怖れていたように死傷者がかなりの数に上っているみたいで、
    でも、両派の言い分はまっこうから対立してるし、
    出てくる情報もどちら寄りかによって色がついているから、
    本当のところはよくわからない。
    いずれの側にも「これ以上殺すな!」と祈るように念じるしかない。
    同胞団は表向きは平和的なデモを呼びかけてる。でも、中には、
    殉教もいとわない、死ぬまで闘う、と公言する人たちもいて、
    ジハードを呼びかける声もある(死装束を幼い子供に着せて送り出す母とか)。
    50名以上の死者が出た8日の衝突時も、
    どちらが先に発砲したのかはよくわからない。
    その後、銃を持った集団が同胞団側と治安部隊側の両方を銃撃した、
    という目撃証言を毎日新聞が報じてたけど、
    挑発し、流血による攪乱を望む人たちがいることも、確かだと思う。
    で、死者が出たという結果が、次の行動(報復)の口実に、
    彼らの「正当性」になっていく。
    >デモやクーデターは突然起きない、それまでの問題、不満が
    積み重なり、あるとき勃然と噴き出す、と思う。
    そうなんだよね。
    でも、マスコミは結果だけを国際標準に当てはめて、
    背景や経緯、エジプトの特殊性なんかをほとんど報道しない。
    たまたま私はついこの間の現地の様子を見聞きしてるんで、
    あれこれ調べたんだよね。
    で、これも旅行記の続きのように思えて、
    マスコミに出てきてないことや考えたことを、
    ここにも書いてみる気になったの。
    以下は補足。長いです。興味ある方はどうぞ。
    クーデターなのか革命なのかを規定するのは、
    利害関係のあるアメリカには大事だろうけれど(だからあいまいにしてる)、
    私たちにとってはどちらでもいいことで、日本のマスコミは、
    国際標準の枠組みに当てはめて、これはまごうかたなきクーデターだ、
    と断定したり(朝日新聞・中東支局長コラムとか)、
    「事実上のクーデター」なんてふうに言ってるね。
    でも、「クーデター」と断定すると、その時点で、
    見えなくなってしまうものがあると思うんだよね。
    まさにAnnaちゃんが言う「問題、不満が積み重なり」って部分とか。
    じゃあエジプトの人にとってどうかと言ったら、
    同胞団にはクーデターだろうし、
    リベラル左派にとっては第二革命だろうと思う。
    だから、私としては「クーデター/革命」と、
    カッコに入れて併記するのが一番フェアだと思ってるの。
    多分中長期的にある程度の成果が出てくれば革命になるんだろうし、
    失敗すればクーデターになるんだろうと思う。
    ただ、個人的には、これが「革命の第二段階」であってほしい、
    いや「革命の第二段階」にしていってほしいと願ってるの。
    モルシ政権が「正当な」方法で進めた「民主化プロセス」が
    どうも「民主的」とは言い難いってことが見えてきて、となると、
    宗教独裁色の強いイスラム国家を作ろうとしたことに
    民衆が反発するのはわかるんだよね。
    あわせて経済政策の失敗でこれほど人々の反発を招いた以上、
    あのまま政権が続くことを肯定的には捉えられない。
    それを次の選挙まで待て、と外部の人間が言えるのか、とも思うんだ。
    もうひとつ、朝日新聞のコラムでびっくりしたんだけど、
    今回の政変を「茶番に過ぎない」って、切って捨てるように書いてるんだよね。
    いくらなんでも、もう少し「問題、不満が積み重なり」を
    織り込んでものを言うべきじゃないのかな、って思った。
    ついでに言えばこのコラム、
    モルシ政権が反政権デモを取り締まらないのを、
    「これだけ表現の自由があるなら政権は大丈夫だと思った」
    というふうに書いてる。でも、
    実際はモルシ政権はデモの取り締まりを軍に要請してるんだよ。
    ただ、軍は、軍の役割は外国からの敵に対して国民を守ることであって、
    デモ取り締まりはその任ではない、と断ってる。
    たぶん悪者になりたくなかったんだろうし、
    次の出番が近いと読んでのことかもしれないけど、
    モルシ政権は、民主的だったから取り締まらなかったんじゃなくて、
    取り締まれなかったんだよね。
    治安警察も給料の遅配や半減で、ずいぶんやる気をなくしてた、とも聞いた。
    コラムの記者がこういったことを把握していたのかどうかわからないけれど、
    半年も前から今回の政変を懸念していた人たちが(ジャーナリストにも)いるのに、
    ちょっと的外れだし、ずいぶん同胞団寄りの見方だなあと思った。
    それと、二年半前と今回で、
    「路上民主主義」が同じように湧きあがり、
    軍がそれに呼応して政権に引導を渡す、という図式は同じだよね。
    違うのはムバラク政権が国際的にも独裁政権と認定されてたことと、
    形としては、軍の辞任要請を受けて自分から辞めたこと。
    ちなみに、モルシ氏も辞任要請を受けたし、亡命も提案された。
    それを拒否したのは、同胞団という強固な後ろ盾があったからだろうと思う。
    ムバラクにはそれに代わるものがなかった、ということだろうね。
    つまり、あれが革命でこれをクーデターと言うなら、
    少なくともモルシ政権が真に民主的な政権でなくちゃいけない。
    だから、クーデターか否かは、同胞団が政権をとるまでのやり方と、
    その後の政策をどう見るのか、ということでも変わってくる。
    上記記事で紹介した鈴木恵美さんは、
    反政府デモから内戦になり、今や代理戦争みたいになってるシリアと違って、
    エジプトには武器が出回っていないから、内乱状態にはならないはずだ、
    って言ってるんだけれど、本当だろうか。本当であってほしい。
    でも、同胞団を武力弾圧すれば、死傷者が増えるだけじゃなくて、
    きっと先鋭化・過激化するし、テロも出てくる。
    そんな最悪の道筋が目の前にあるのが、本当にやり切れない。
    国連のパン事務総長や、アメリカのケリー国務長官も、
    暴力的手段ではない平和的かつ包括的な対話を求める、
    というような声明をあいついで出したね。
    国際社会もやっぱり、殺すな!というメッセージを出し続けるしかない。
    同胞団デモに対する国民の支持は二割程度(毎日新聞)だそうだけれど、
    彼らを孤立させることなく、なんとか、対話・融和への道筋を見つけてほしい。
    いずれの側も、その努力を手放さないでほしい。
    だけど、中東イスラム社会が、彼らなりの民主国家を作り上げるのは、
    相当に大変なことなんだなあって、あらためて思うよね。
    識字率のところからやらなくちゃいけないんだから、
    二年や三年でできるはずがない。
    「路上民主主義」の担い手たちが、
    議会制民主主義の担い手に成熟しなきゃいけないだろうし、
    その民主主義が、知識人だけじゃなくて、
    貧困層や農村部の人々にまで浸透していかなきゃいけない。
    加えて、宗教の問題がある。
    人口の1割を占めるコプト教徒は(原始キリスト教の一派)、
    今回のことで同胞団系の過激分子に個人テロで殺されたりしてるんだけど、
    そういう周辺の人々や、より厳格なイスラム教徒である
    サラフィー主義の人々と、どう包括的に連携していけるのか。
    (ついでに言うとアズハルってのは、エジプトにある、
    中東で最高のイスラム学府のことです。その宗教指導者の言動は、
    だからエジプト人にとって、相当大きな影響力を持ってる、らしい。
    つまり、今回の政変にこの人たちが反同胞団で顔を揃えたというのは、
    同胞団以外が結束したということで、かなり大きな意味があったんだよね。
    ただし、サラフィー主義のヌール党は、暫定政権の組閣から離脱してるけど。)
    で、最大の問題は、今回ここまで対立してしまった同胞団と、
    どう歩み寄っていけるのか。
    この困難さの前には、簡単に「民主化プロセスの崩壊」とか、
    「民主革命(アラブの春)を踏みにじる」なんて、
    断定しちゃいけないんじゃないのかなあ。
    それよりも、エジプトの人の生の声に、
    もっと耳をかたむける必要があると思う。
    ということで最後に、目についた一つの「声」、紹介しときます。
    ・エジプト青年の長い手紙(アナザースカイ エジプト 7/12日)
    http://blog.goo.ne.jp/akemenesu1953/e/41397b809e17f4fc3f79028491cf3eb3

  3. いまごろですが、読みました。
    この国の人たちとどっぷりつきあったvaiさんの旅行記を読んでまだ間もないのに、
    こんな衝撃的な事態になってしまいました。
    vaiさんのスレッドを読んでいると、
    きっと朝日新聞の支局長の
    「茶番に過ぎない」とか
    「これだけ表現の自由があるなら政権は大丈夫だと思った」
    より100倍信用できるんじゃないかと思います。
    あぁ、新聞ってどうなん?
    メディアってどうなん?
    私たちは世界のいろいろな出来事を知る時に、
    偏った視点や感覚とか、組織の都合とか、いくつものフィルターを通った見解をそのまま事実として受け取ってきたかもしれないなあと、
    今さらながら思いました。
    でも、現地の実感といろいろな視点の資料を読み込んだ後に、
    「クーデター/革命」と呼ぶことを考えたということは、
    ただただ「第二の革命」と呼ぶわけにもいかないと思うということなのかな。
    だから同胞団のデモに参加している人たちは、
    2011年の革命の恩恵を受けて今潤っている人たちというわけではなくて、
    生活の苦しさを実感しながらでも、あえて宗教的な理念とかで動いている人も多いということなのかな。
    やっぱり教育は大切だと思います。
    識字率という基本的なところでエジプトがこんなにまだまだだとは知らなかったです。
    でもね、日本だって、国民はやっぱり教育水準が高いと言ったって、
    ほんとにこの国の未来を主体的に考える力があるかと言ったら、
    そうじゃない気がします。
    こんなに雰囲気で政党選んじゃう国民って、ほかにいるのかなあ。
    あぁ・・・

  4. シータちゃん、
    読んでくれてありがとう。
    返レス書いてたら、また長くなっちゃったよ。
    >私たちは世界のいろいろな出来事を知る時に、
    偏った視点や感覚とか、組織の都合とか、いくつものフィルターを通った見解をそのまま事実として受け取ってきたかもしれないなあと、
    今さらながら思いました。
    ホント、ことあるごとにこれを思います。
    世界だけじゃなくて、国内でも。
    原発のことなんて、あれだけの事故が起きてすらそうだし。
    >ただただ「第二の革命」と呼ぶわけにもいかないと思うということなのかな。
    これはね、第三者が国際標準にあてはめて、
    まだ流動的に動いている状態で直ちに断定していいのか? というのと、
    「クーデター/革命」というのは
    ひとつのコインの裏表みたいなものだし、
    そういう両義性を持ったものとしてとらえていけばいいというのもあって。
    先日アメリカのケリー国務長官が、
    エジプトの政変は「民主主義を取り戻すための行動であった」
    と記者会見で発言したね。
    今までの中立から一歩暫定政権寄りの言い方になった。
    アメリカは軍に援助してるし、エジプトの安定を望んでるしで、
    クーデターとずっと言わないできてるけど、
    あいまいなままにしておくのもありかな、と思います。
    「これは軍事クーデターだ」と言ってしまえば同胞団は喜ぶだろうけれど、
    それで問題がよりよい解決に向かうとは思えない。
    アメリカが旗幟鮮明にすることが状況に与える影響の大きさもある。
    それがここにきて暫定政権寄りにシフトした。
    これはどういうことなんだろう、と考えてます。
    最大の衝突の懸念の前に、
    同胞団に何らかの譲歩を迫っているとも取れるけれど…。
    とにかく、アメリカもEUもその他の国も、衝突の回避と対話を呼びかけつづけ、
    そしてその仲介の役割を、あらゆるチャンネルを使って探ってほしいです。
    >だから同胞団のデモに参加している人たちは、
    2011年の革命の恩恵を受けて今潤っている人たちというわけではなくて、
    生活の苦しさを実感しながらでも、あえて宗教的な理念とかで動いている人も多いということなのかな。
    同胞団デモ参加者がどういう人たちなのか、
    私にはわかりません。
    宗教の衣をまとっているけれど、本当にそうなのかも疑問です。
    一番の彼らの主張は、モルシ氏は民主的に選ばれた、
    という正当性・正統性だろうと思うけれど、
    お金を払って貧しい人たちを動員してるって話もあるし。
    今日の朝日新聞が、同胞団のデモ拠点にある子供テントを報じてた。
    20人ほどの子供たちは「平和がいい」と言いつつ、
    いっぱしに反政権スローガンを叫んだりもしている。
    これ、ほんとのところ、どういうものなんだろう。
    脱原発デモに子連れで行くのとはわけが違うと思うんだよね。
    暫定政府が解散要請してて、大規模な武力衝突が予想されるような状況なのに、
    子供テントってなに?
    デモ隊、座り込み隊の託児所? マスコミ向けのイメージ戦略?
    間違っても、子供を盾にしようとなんか、してないでしょうね!?
    新聞記者は、見せられたもの、与えられたものをそのまま流すだけじゃなくて、
    もう一歩踏み込んで、背景や裏側に隠された意味を探ってほしいよ。
    せっかく現場にいるんだから。
    で、ラバア・アダウイーヤという座り込みデモをしているところへ、
    食料を運ぶと見せかけた同胞団の車に大量の武器が隠されていた、
    というニュースもある。
    こういうのはマスコミに出てこない(それともこれから出るのかな)。
    イスラエルが世界に発信し、エジプトのテレビで流されたらしい。
    政権のプロパガンダという見方もあるかもしれないけれど、
    同胞団が決して平和主義的な人たちだけの集団でないことは確か。
    それと、エジプトの軍と同胞団については、その実態は、
    私たちが抱いているイメージと、実はかなり違うんじゃないか、
    というのもある。
    特に軍は、アラブ・中東世界でもエジプト特有のもののような気がするの。
    ずっと国民の味方というスタンスを持ち続けてるし、支持もされてる。
    世俗派と言われるけど、実際はイスラムを否定しているわけじゃなく
    (というか、エジプトでは他の宗教の人以外、
    イスラムを否定する人はいないと思う。
    イスラムと政治も、イスラムと社会生活も、全て一体化してるから)、
    シビリアンコントロールもされておらず、政治的力も持つ。
    おまけに国の経済の三割を担うビジネス組織でもある。
    一方の同胞団は、国をまたいだイスラム原理主義(音楽もダメという厳しさ)団体で、
    徹底的なピラミッド構造に組織化されてて集金力がある。
    貧困層向けの慈善活動を行ったりもしてるけど、武装組織もあって、
    これまでも武力闘争をしてきたし、ガザのハマスとつながっている。
    団員の末端はわからないけれど、トップは高学歴で、
    ビジネスエリートのお金持ちもいる。医師会や弁護士会も同胞団系。
    このあたりの詳しい、かつ分かりやすい一般向けの解説が欲しいなあ。
    >でもね、日本だって、国民はやっぱり教育水準が高いと言ったって、
    ほんとにこの国の未来を主体的に考える力があるかと言ったら、
    そうじゃない気がします。
    うん、考える力って、ただ教育すりゃ育つものじゃないよね。
    何より教育の中身だし、環境や本人の資質もある。
    で、識字率が低くて圧倒的に不利益なのは情報の少なさだと思うけれど、
    情報を得られる環境と能力があったって、それを得よう、
    それで考えようとしなきゃ、同じだわ。
    (日本人の政治に対する関心の薄さには、また別の問題があると思うけど。)
    それでも、エジプトと日本を選挙と憲法で並べてみると、
    驚くほど重なるんだよね。
    モルシを選んだ大統領選も、この前の参院選も、投票率は5割程度。
    モルシ氏と対立候補の票数の差はそれほどではない。
    参院選は、与党票と野党票、それぞれの総数はほとんど変わらず、
    若干野党票が多い。
    なのにどちらも国民の信任を得たことになって、
    モルシ政権はイスラム独裁色の強い憲法を作ちゃったし、
    自民党も軍事化独裁化の強い憲法改悪を目論んでる。
    (軍隊持って戦争できるってだけじゃなくて、
    人権の後退と言論の統制も入ってるからね、あの改憲案)
    何だ同じじゃん、と思うのは私だけ?
    憲法って、時の政権に起草させちゃダメなんだ、
    というのを学んだのがエジプトだけど、
    (だから今回は、まず憲法を起草してから選挙しようとしてる。
    この憲法案が、どの程度包括的かつ民主的なものになるのかが、
    この政変が「革命の第二段階」になれるのかどうかの、
    ポイントのひとつだろうな)
    日本はどうなのか。
    ということで今回、エジプトと日本って同じゃん!というのと、
    エジプトにあって日本にないのものと、その両方が見えてきたのであります。
    以下は私の別記事、参考まで。
    ・「(耕論)エジプト、クーデターの是非」(朝日新聞 7/31)
    http://www.vaivie.com/dellenote/middle_east/egypt-22.html
    ・エジプト 現地情報(旅行者向け)
    http://provai.ciao.jp/pensare/egypt-23/

  5. このスレッドを読んでからしばらくして 
    TVがエジプトのデモのニュースを数多く流し始めて
    その後も デモで死ぬ人の数が どんどん多くなっていったね。
    このスレッドを読んでも スレッドの中で紹介されてた
    イスラム研究会の発表動画を小一時間聞いても
    やっぱり よくわからなかったエジプト情勢。
    どうして こんなことになっているのかちゃんと判断できない状況で
    人と人が傷つけあう画像だけを見るのは 無力感が酷くて苦しい。
    その後 今日はシリアで 化学兵器使用のニュース。
    1200名が死んだとかと 第一報で伝えてたね。
    地下鉄サリン事件というもの 経験した日本人としては
    あの 流血のない被害現場がどれだけ修羅場になっているか
    想像出来るのが また苦しい。
    いったい 何をやってんだよーー!!と腹が立つ。
    悪より災害より 宗教こそが もっとも人を多く殺すのは本当だ。
    近代国家は 政教分離しなきゃ成り立たないって もう思おうよ。
    アタシみたいに基本無宗教 八百万の神がいていい人間から見ると
    バカー!!と言いたくなってくる。

  6. ぼにちゃん(だよね?)、
    コメントありがと。
    この記事を書いてからラマダンが明けて、
    一気に情勢が悪化してしまった。
    こうなってほしくない、という最悪のシナリオで。
    ホントに、なんでこんなに死者が多いんだよ、と暗澹たる思い。
    シリアもだけど、命がなんでこれほど軽いんだよって。
    あそこは死者数この二年で10万だよ。
    国がなくなっちゃうじゃないか。
    でもね、エジプトの暫定政権だって、犠牲者が増えることで、
    自分たちにとっていいことは一つもないって、わかってるとは思う。
    それでもこの数。
    解決に対する性急さとそれに対する国民の支持、
    この際だから同胞団を骨抜きにしたいという軍の思惑、
    同胞団側の非妥協性、「殉教」まで掲げるかたくなさ、
    動員力や雇い力(お金があるんで、自国民だけじゃなくて、
    スーダン人とかも雇っているという話もある)の高さ、
    過激テロ分子が国内だけじゃなくて、
    海外からも攪乱のために入り込んでいるから……、
    色んな要素があるんだと思う。
    >このスレッドを読んでも スレッドの中で紹介されてた イスラム研究会の発表動画を小一時間聞いても やっぱり よくわからなかったエジプト情勢。
    うん、わかりにくいと思う。
    そして、エジプト情勢は、ますますわけわかんなくなってる。
    多分、当の本人たちにとっても。
    >悪より災害より 宗教こそが もっとも人を多く殺すのは本当だ。
    >近代国家は 政教分離しなきゃ成り立たないって もう思おうよ。
    でもね、これは一概には言えないと思うよ。
    だって今回の政変も、実は世俗対イスラムという図式じゃない。
    反同胞団対同胞団なの。
    反同胞団側には軍、世俗リベラル左派、キリスト教徒、
    より厳格なイスラム教徒がいる。
    つまり、政治対立なんだよ。
    言ってみれば、自民党に代わって政権とったのが公明党で、
    (ごめん公明党、日本に当てはめた場合のただのたとえで、
    それ以上の意味はないです)
    その公明党の政権奪取の過程に、動員力に加えて非民主的な要素があった。
    憲法も公明党の独裁性を強めるようなものになっちゃった。
    たまたま公明党の母体が宗教団体だったんで、その独裁に宗教色が濃くなった。
    でもこれは、共産主義でも社会主義でも民主主義でも同じことで、
    その政党のイデオロギーの問題だと思う。
    そして、どんなイデオロギーの下でも戦争と虐殺はあった。
    つまりどんな戦争も虐殺も、理由にできるものは何でも理由にする。
    たとえこの世に宗教がなくなったとしても、
    理由づけにはあらたなものが出てくるだけだと思う。
    で、話を公明党に戻すと、
    民衆が、経済政策の失敗という政権運営能力のなさと、
    強まる独裁性に対して「路上民主主義」(デモと署名)でノーの声を上げた。
    そしたら公明党は、選挙で勝ったという正統性を掲げて徹底抗戦の道を取り、
    大きな衝突の懸念を口実に、軍が出てきた。
    軍の「路上民主主義」擁護の民主的正統性は、
    多くの国民の支持を得ている。
    日本と大きく異なるのは、軍が自衛隊とは違って、
    もうひとつの大きな政治勢力ってことだと思う。
    それから軍以外の政治勢力の脆弱さ。
    政教分離に関しては、イスラムの特殊性がある。
    近現代は、植民地支配からの独立のイデオロギーとして、
    あるいは自分たちのアイデンティティーとして、
    イスラムが、信仰を超えた支柱だったこと(それがイスラム復興運動)。
    それからイスラムって、同じ一神教でもキリスト教なんかとは全く違って、
    その教えが日常生活のあらゆる規範でもあるんだよね。
    うまく言えないけど、イスラム教徒にとっては、
    教えにしたがって日常を生きることが信仰を生きること。
    それは私たちが考える狭義の「信仰」とは違う、
    もっと広範で深く根を張った、
    メンタルと現実生活を貫くもの、というのかな。
    世俗とくくられる軍だって、みなイスラム教徒だし、
    タハリールに集まる若者だって同じ。
    今出てる新憲法草案には、宗教政党を認めない条項が入ったけど、
    ムバラク時代からずっとある、「イスラム法は立法の主要な法源である」
    という条項はそのまま。つまり彼らの政教分離と、
    欧米世界標準の政教分離は根本的なところで異なる。
    このことは、認めなきゃいけないと思うんだ。
    エジプトは今、彼らなりの民主化闘争の混乱の中にいる。
    そこには、私たちが世界標準と思っている民主主義そのものを
    問い返すような問題提起も含まれてる。
    日本の選挙だって、一票の格差とか、投票率の低さとか、
    業界団体の動員とか、100%民意を反映したものじゃない。
    よりマシな方策をさらにマシなものに変えていかなくちゃいけないのに、
    それこそ民主主義はどこでも常に、
    民主化プロセスを点検手当てしていかなくちゃいけないのに、
    (泳ぎ続けないと生きていけない回遊漁のように)
    往々にしてプロセスは非民主的に振れる。
    国民の声を直接政治に届ける「路上民主主義」に至っては、
    日本の民度は参加意識でも、政治の側の汲み取り能力でも、
    ヨーロッパやこの数年のエジプトの足元にも及ばない。
    今一番懸念されるのは、
    エジプトが1990年代のアルジェリアのような状態に陥ること。
    選挙で宗教政党が勝ちそうになったんだけど、
    それを軍がひっくりかえして内戦になった。
    10年続いて15万人が死んだ。
    エジプトが同じような状態になったら、
    エジプト国民が犠牲になるだけじゃなくて、
    地政学的な意味で(中東の安定の要となる国であることと、
    スエズ運河で)世界に及ぼす影響は計り知れない。
    このこともまた、周辺の過激派やテロ組織を引き寄せる、
    強烈に甘い蜜なんだと思う。
    エジプトはリビアと長い国境線が続いてるし、
    シナイ半島からも簡単に入ってこれる。
    人だけじゃなくて、武器もね。

  7. ボニボニです ハイ前の匿名も(^^;)
    ここのところのシリア問題で ヴァイちゃんのことを
    思い出していたので また来た。
    うわー、2年で10万かあ・・・
    あれだけの東北大震災と津波の被害者が2万弱なのに
    較べると 怒りをおぼえる数字ですね。
    でさ
    >だって今回の政変も、実は世俗対イスラムという図式じゃない。
    そうだね。 そういう単純な図式じゃないんだろうな。
    そういう図式だったら 少なくとも 聞いてもっとわかるよね。
    >つまり、政治対立なんだよ。
    事象としては 政治対立なのだろうね。もっと言えば権力闘争でしょ?
    そいでそいでね そこに宗教がからむことが 
    より活動を複雑にするじゃん と思うんです。
    政治の場合は やってる人間も 清濁合わせて事を成している
    ってことを自覚しているよ。
     
    >同胞団側の非妥協性、「殉教」まで掲げるかたくなさ、
    このさ 非妥協性とかたくなさは 宗教が入った時
    より強くて だからこそタチが悪いなあ・・と思うんだ。
    私の住んでいる区は 公明党の支持母体宗教発祥の地とかで 信者の方も多いのさ。
    まあ 明るく善意にあふれた方が多いです。
    集会に来ないかと誘われない限りは とても良い人達だ。
    だから 怖い。「これが正しい」と 信じこんだ人は
    争う相手を認めないよね。 だって 自分は絶対正しいんだもん。
    >それからイスラムって、同じ一神教でもキリスト教なんかとは全く違って、
    >その教えが日常生活のあらゆる規範でもあるんだよね。
    ここが アタシは違うと思うんだ・・
    キリスト教だって かってはイスラム同様 教えが日常生活の
    あらゆる規範であった時代があったじゃん。
    中世のヨーロッパなんかそれこそもう キリスト教の名のもとに
    様々な権力闘争があって 血みどろの繰り広げられて。
    ものすごい死者が出た訳で。
    その果てに ついにキリスト教は 宗教を狭義なものに
    「進化」させていったんだと言うのが アタシの考えなんす。
    >国民の声を直接政治に届ける「路上民主主義」に至っては、
    日本の民度は参加意識でも、政治の側の汲み取り能力でも、
    ヨーロッパやこの数年のエジプトの足元にも及ばない。
    それは まったくそうだと思います。
    自覚症状(?)もある(^^;)
     

  8. ぼにちゃん、おかえり。
    シリアはもう勘弁してほしいよね。
    化学兵器だって、どっちが使ったのかわかってないのに、
    もうすぐにでも攻撃できる、しかも限定的な懲罰ってなんだよ!
    じゃあ前から準備してたんじゃん。
    もし化学兵器があったとして、攻撃で拡散して犠牲になるのは誰?
    国連査察団が入ってるとき、
    その鼻先で政府側が化学兵器を使用するはずがない、
    アサド政権のこの言い分にも一理あると思う。
    証拠とされる画像だって、21日に使用されたとされてるのに、
    アップは20日だって。
    分かってるのは、どっちが使った可能性もある、ってことだけじゃないのか。
    大量破壊兵器というでっちあげの「大義」でアメリカが始めたイラク戦争、
    ある調査(アメリカのブラウン大学の研究グループ)によると、
    10年で死者が19万人、そのうち戦闘に巻き込まれた民間人が13万4千人。
    結局犠牲になるのはいつも民間人なんだよね。
    で、国がガタガタになる。
    >だから 怖い。「これが正しい」と 信じこんだ人は 争う相手を認めないよね。 だって 自分は絶対正しいんだもん。
    うん、ホントにそう。
    でさ、欧米がかかげる「国際ルール」や「正義」も、同じに見えたりしない?
    ある意味ナントカ主義もイデオロギーも、「絶対」になると宗教と同じだよな、
    と強く思ったのは天安門事件の時でした。
    でももっと怖いのは、そういう「これが正しい」を「大義」にして、
    ねらいはイスラエルを守ることだったり、
    覇権や石油利権を守ることだったり、することだと思う。
    つまり「正しい」とほんとは思ってないのに、
    「正しい」を掲げる。
    指導者にとって宗教が、正当化のために、
    とっても使い勝手がいい道具だ、というのはあると思います。
    日本もこれだったよね、あの戦争。
    「カミカゼ」とか言っちゃって。
    (ちなみに、パレスチナの宗教組織の指導者が、
    自爆テロの思想はなんですか、と聞かれて、
    それを日本人が聞くのか!? 我々はこれを日本から学んだのに、
    って答えてる。『イスラムを生きる人びと–伝統と「革命」のあいだで』)
    それからもう一つ怖いのは排他性。
    ボスニア・ヘルツェゴビナは、アンジェリーナが映画にしたけど、
    民族浄化の死者20万。
    フツ族とツチ族のルワンダは200万だって。
    「正当性」すらないのに。
    そもそも、暴力に対する「正当性」は、
    人間があとからくっつけたものなのかもしれないと、
    思ったりもします。もっと言うと、人間ってもともと、
    そういう暴力装置を体内に抱え込んでいるんじゃないかって。
    そうそう、エジプトのニュースに、
    暫定政権側とムルシ支持派の双方から、
    対話と妥協の動きがみられる、というのがありました。
    ガセネタでないといいなあ。
    双方とも、妥協という次善策に進んでほしいなあ。
    (その後の軍・暫定政権の「同胞団=テロ組織」キャンペーンは、
    あきらかに自分たちの暴力の正当化プロパガンダだと思う。
    前に進むには、そういう排除じゃなくて包摂だよね。)
    モルシ支持派のある組織(同胞の分派?)の指導者の弁、
    モルシの復職なしに交渉を受け入れるか、という問いに対して、
    「権力の座よりも血の方が大切である」って答えた。
    イスラム法にも、 平和と安定が普遍的な利益である、とか、
    より悪い悪と良い少ない悪がある場合はより少ない悪を選択すべし、とか、
    現実的な妥協や暴力にブレーキをかける項目がある。
    イデオロギーも宗教も、
    そこから何を引き出すかは指導者の仕事なんだよなあと、
    今回のエジプトの政変でも、すごく思った。
    その意味で、「殉教」を掲げた同胞団指導者の責任は重いと思う。
    彼らは「血より権力」だったんだから。
    暫定政権((権力には利権も入る))だけじゃなくて。
    で、シリアに介入する欧米もこれじゃないのか?
    >その果てに ついにキリスト教は 宗教を狭義なものに 「進化」させていったんだと言うのが アタシの考えなんす。
    うん、キリスト教世界って、宗教改革があったり、ルネッサンスがあったしね。
    私は、このルネッサンスがイスラム世界には(まだ)ないんじゃないのか、
    という仮説を立てたりしたんだけど、
    色々見てきて、単純に対比させては考えられないなあ、
    というのが今の段階です。
    あと、「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に」
    ってのが聖書にあるじゃない。
    あれは宗教と国家は別の次元にある、ってことだよね。
    つうことは、キリスト教にはもともと政教分離の考え方があった、
    あるいは後々の解釈の下地になるようなものがあった、
    と言えるのかもしれない。
    >キリスト教だって かってはイスラム同様 教えが日常生活の あらゆる規範であった時代があったじゃん。
    これはそうなんだけど、その規範の違い、だよね。
    キリスト教って、ユダヤ教にはあったこまごました規定(律法)をはずしてるでしょ。
    (超越した?)
    教えを、すごく精神的なものに高めてるというか。
    でも、イスラムの教えって、生活全般のマニュアルみたいなの。
    あと婚姻・家族法とか相続法とかの民法だったり。
    (もちろん刑法もあった。)
    だから、規範のあり方がキリスト教とまったく違う。
    あんまりうまく言えないけど、というか、そんな力がないんだけどね。
    さっき自爆テロで引用した本『イスラムを生きる人びと
    –伝統と「革命」のあいだで』が、すごく面白かったです。
    朝日の中東支局長川上さんが去年出した力作。
    イスラム(を生きること)とはどういうことか、具体例満載で、
    教義の解説本より腑に落ちることがいっぱいあった。
    それから「平和のイスラム」と「戦いのイスラム」
    という二つの側面からの取材。
    ムスリム同胞団の社会活動はまさに「平和のイスラム」。
    彼の同胞団に肩入れした発言の理由もわかる気がしました。
    これだけ良い側面に接してたら、ちゃんと政権を全うさせたかった、
    という気持ちにもなるだろうなって。
    それに、これだけの組織はつぶせないし、つぶすのはもったいない。
    この意味でも、(同胞団自身は内部改革とか必要だと思うけど)
    西欧的な宗教分離ではない政治モデルを模索する必要性、
    むしろ必然性があるようにも思ったことでした。

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*