ばななさんの「カプリ賞」と原発の時間

7月もあと10日あまり…。
6月には5月から考えていたことを書き始めたんだけれど、
収まりがつかずに宙ぶらりんになっていた。

実際本当に忙しかったのだ。
けれども、収まりのつかなさが時間不足だけのせいでないことも確か。
気持ちも考えも、あれ以来収まりがつかずに来ているし、
このあとも長く収まらずに行くのだろう。

書きかけていたのは、「イタリアの時間、日本の時間、原発の時間」についてで、
それが7月になって、よしもとばななに「カプリ賞」が贈られたこととつながった。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110703/art11070309410006-n1.htm

これまで「カプリ賞」というものを知らなかった。
受賞のニュースもネットで知った。
ばななさんが授賞式で朗読した「ばらの花」も、
それが掲載された下記のサイト「復興書店」のことも、 検索して知った。

http://blog.fukkoshoten.com/?eid=640362

よしもとばななは、イタリアでも人気があり、評価もされている作家だけれど、
「カプリ賞」が、「文章の詩的な優美さと洗練された言葉遣い」を持つ作家とともに、
「大震災に際して示した強さと尊厳」をたたえ、日本国民にも贈られたことが、
イタリア好きの私としては、あの国の暖かさを示すようで二重に嬉しく、誇らしかった。

「ばらの花」は地震直後の心境をつづった短いエッセイで、
日常に突然訪れた災いと死をめぐって、哀しみとぬくもりが静かに混ざり合った、
ばななさん特有の、軽みと深みを併せ持った文章だった。

そのなかで特に共感を覚えたのは、

あれから、愛する人たちに心で手で目で触れることが、少しこわくなった。
行ってらっしゃいと別れるのが、じゃあまたね、と手を振るのが、
ハグするのが少しだけこわい。
でも、一生直らなくていい。
私は元の生活になんか戻りたくない。
この経験をした自分のままでいい。
こわいままでいい。

という部分、特に最後の四行(実際には改行は無い)。

あの日を境に、変わってしまったものがある。
それはひとつだけではないし、新たに芽生えたようなものもある。
川上弘美は「静かな怒りがあれ以来去らない」と書き、
橋本治や天野祐吉は、TV番組やCMがそれまでの「日常」に戻ったときのギャップに、
違和感を記している。
私もやはり変らぬ怒りと、違和感を抱えている。

けれどもこれらは、ばななさんが愛しげにつづった、
変容した「日常」の意味と同様、 けっして否定的なものではない。

変ってしまったものは、あるいはむき出しになったのだ、とも思える。
実はこれまでもずっとそこにあったのに、
なぜか隅に追いやられていたり、
分厚くほこりをかぶっていただけのもの。
実はこれらは、本当はとても大切なものだったのだと。

 

このところネットメディアを追う余裕がなくて、 新聞に目を通すだけで終わっていた。
その新聞に踊る文字に、原発再稼動をめぐる「混走」というのがあった。
記事は、菅内閣にというより、菅さんに向けられた批判である。

が、日本は、国民も政府も、産業界も学者もマスコミも、
この半世紀はもとより、チェルノブイリの事故以来の25年でも、
原発について、楽観的で近視眼的な見方しかできない国だった。
リスクの高い科学技術を、神話とタブーという非科学的なものでくるみ、利益を得る集団と、
(一部の人たちを除いて)「こわい」ものを見たくない、考えたくない人々の国だった。

そんな国が「この経験」の直後に混走しないことなどあり得ない。
もしことがスムーズに進むとしたら、むしろそのほうが恐ろしい。
それは、「この経験」のあとにも、
この国が少しも変らず元のままである、ということだから。

原子力安全委員会斑目委員長の、
「3月11日の前に戻りたい。なかったことにしてほしい」という発言があった。
正直な声ではあろうが、これを原発被災者はどう聞いただろう。
この「戻りたい」は、「地震も事故も夢であったなら…」と、
痛切な思いを呑みこんできた人たちの、
その「戻りたい」とは、まったく違う意味合いを持つ。

元のままを望む人たちがいる。
「混走」は、私には、「元の生活に戻りたい」人たちと、
「一生直らなくていい」という人たちとの、攻防にも見える。

今日(20日)の朝日新聞は、チェルノブイリ事故後、当時の中曽根首相が、
安全論議を避け、反原発をイデオロギー問題にすり替えたことによって、
一層の原発推進が確定されたと分析している
(ドイツやイタリアの場合は、このチェルノブイリ後が大きく違う)。

攻防は新聞紙面にもある。
この記事の裏面には、民主党議員の、
「首相の言動はポピュリズムだ」という意見が載っている。
さらに、脱原発によって電気料金が上がるということと、
産業の空洞化を声高に語る(このふたつは最近勢いを増している声だ)。

けれども菅さんの「脱・原発依存」は、私には、
久しぶりに聞く政治家のビジョン、未来の国家理念につながる言葉だ。
ここから、原発とエネルギーを、目先の汚染と経済だけで見るのではなく
(これらが非常に重要なことは言うまでも無い)、
この先私たちは日本をどんな国にしていきたいのかという視点から、
考えることが始まるのだから。

ストレステストと「脱・原発依存」宣言以後、ますます菅おろしが加速しているのが、
本当に情けない。

私たちの国はこれからも、危険を金で過疎地に押し付けて、
地方の財政自治をスポイルしながら、
平気で電気を享受する都市生活国家であり続けるのか。
社会インフラである電気を、既得権益死守集団の手に委ねたまま、
まっとうな民主主義国家とは言い難い、いびつな「ムラ」社会であり続けるのか。
私たちが脱しなければいけないのは、そのような「日本というシステム」(宮台真司)、
依存的な思考(欠如)体質から、ではないのか。

 

ばななさんが「ばらの花」を読んだカプリでは、
強い日差しにきらめく真っ白な崖の岩肌や、
ナポリ湾を隔てたヴェスビオの、駱駝のふたつのこぶのようなシルエットが、
あざやかに海に浮かんでいたに違いない。

高速船が着く北の港は、
半日かけて青の洞窟だけを見て帰る観光客で、ごったがえしていただろう。
オープンカーのタクシーに荷物とともに乗り込むのは、
もう少し滞在時間を取れる人たち。

ケーブルカーで急な傾斜をウンベルトⅠ世広場まで登れば、
世界中からやってきたバカンス客が、
ジェラートを手にブランド店のウィンドウを冷やかし、
写真を撮りあっている。

この人たちは、アナ・カプリの町まで足を伸ばし、
19世紀に建てられたヴィラ・サン・ミケーレで、
なめらかな黒い肌のスフィンクスの像と一緒に、
ナポリ湾を見下ろすこともできる。

広場に戻り、入り組んだ細い道を抜ければ、急に 賑わいは途絶え、
南の海を望む斜面に、白い壁のヴィラ-別荘-が並んでいる。
ブーゲンビリアがびっしりと花をつけた生垣、
つる草をかたどった鋳鉄製の門扉から覗く緑の庭園、
扉の脇の石壁には、表札代わりに色々な鳥が描かれたマヨルカ焼きのタイル、
鳩邸があれば鷲邸がある。
時々はオレンジやレモンの果樹園。

あまりに眼を楽しませてくれるものが多くて、
車も通ることの出来ない細い道を岬の端までたどるのが、
少しも苦にはならない。

現代の別荘街を抜けると、2000年前にこの島を愛し、
(人嫌いもあって)26年間もここからローマを遠隔統治した、
ティベリウス帝のヴィラが遺跡となっている。

そんな散策をしていると、時間の流れ方が、
目に見えるほどゆっくりと感じられてくる。
今、目の前に見える時間が、確かに、
200年前や2000年前から続いていると感じる。

日本では時間は、人間の目に捉えられるほど悠長に流れてはいない。

ローマには、行くたびに必ず立ち寄る建物がある。
古代に建てられた万神殿、パンテオンだ。
ラファエロが眠り、イタリア統一時(1861年)の国王もここに眠る。
観光客はミサなど特別の行事がない限り、だれでも無料で中に入ることができる。

パンテオンは、最初は紀元前に建てられ、100年以上後に再建され、
1900年を経た今も、当時の姿をほぼ完全に保ったまま、
現役のキリスト教の霊廟として機能している。

私たちは、いつかは廃炉にしなければならない原子炉や、
ずっとリスクを管理し続けなければいけない使用済み核燃料を、
どれくらいの時間的スパンで考えてきたか。
事故が明らかにしたのは、この国は、
原発の時間ときちんと向き合ってはこなかった、
原発の時間を日本の時間に無理やり押し込めてきた、という事実だ。

脱原発がドイツにできて日本にできないとしたらそれは何故か。
国民投票がイタリアにできて日本にできないのは何故か。

両国とも隣国から原発の電気を買えるからだ、選挙対策(ドイツ)だ、という見方がある。
集団ヒステリー(イタリア)だ、とコメントした議員もいた。
国民投票には反対だ、政治は政治のプロに任せるべきだと、
前原議員は紙面で語った。

エネルギーを巡って、民と国が共にひとつの結論を導き出した国も、
電気代の高騰や、産業の空洞化や、この冬の電力不足の問題と無縁ではない。
私には彼らが、目前のマイナス要因を超えて、
その先の時間を冷静に見通しているように見える。
時間を見通す目線をどれほど遠くまで投げることができるかが、
彼らと我らの違いではないか。

彼らの選択は、2000年の時間を生き抜いてきたものを、
目に見える日常の生活の中に、そして思考の基盤に、持っているゆえではないのか。

それをムードやヒステリー、ポピュリズムと言うのは、
あまりに民をばかしにた浅薄なすり替えに、私には思える。

5 Comments

  1. あ、vaiちゃん書き始めたね(^^)
    忙しかったみたいだけど また元気を出して書き続けてください。
    >そんな国が「この経験」の直後に混走しないことなどあり得ない。
    >もしことがスムーズに進むとしたら、むしろそのほうが恐ろしい。
    そうだと思うよ。 
    マスメディアは 混走が悪いみたいに書きがちだけど がっぷり四つで議論したら議場は荒れるに決まってる。
    でも 全然がっぷり四つの話にはならないね。
    菅さんが脱原発の話をしだした途端、原発解散ねらいの何のという 政治の話になってしまった。
    「菅さんはともかくさ~ 脱原発ってのは国家百年の計って奴じゃないの~? 本気で脱原発・再生可能エネルギーを目指したら、その過程で開発される(だろう)技術やメソッドは、世界中に売れるものになるかも知んないしさ~。議論すりゃいいのに」
    とボヤいたら
    「百年の計のない人が言い出しても 動かないんだろ」
    と言われた。
    じゃあ 誰が言えば動くのだろう?  
    アタシはでも ちょっぴり希望も持っているよ。
    震災の当日 六本木ヒルズはエレベーターが動いてた。
    この夏の節電政策にも 自家発電ですと悠然としてる。
    他にも自家発電の工業団地が 災害後の混乱に首都圏を助けたり 
    それを見て「いいなアレ」で真似するところも増えてきたから エネルギー事情が民から変わってくる部分はきっとあるんじゃないかな。
    いや 是非ともそうあって欲しいと願っているのであります。

  2. ぼにちゃん、
    コメントありがとう。
    夜中に返信書いていたらどんどん長くなって、まとまらなくなって断念。
    あらためて。
    ご無沙汰でした。
    元気にやっていたんだけどね。
    5月くらいから書きたかったことをやっと書ける時間的隙間ができて。
    (私の日常も超日本の時間だったわ。)
    あと、実は、原発や政治や社会に関することは、
    自分のサイトだけにしとこうかな、という気持ちもあって、
    今回も迷ったんだけど、ばななさんのこともあったんで、
    こっちにもアップしてみたよ。
    ばななさんの他にも、↑や、↓でもあげてる作家の姿勢にも、
    共感してるし、紹介したかった。
    ことは「国民投票」を選択する国もあるほどの問題で、
    つまり、国民の誰もが自分のこと、その先の自分の国と未来のこととして考えるべきことだと。
    原発は、震災復興支援とは切り離して考えるべき、根源的なこと。
    誰もそれをどこかに、何かに丸投げしてはいけないし、
    別の何かや別の行動を免罪符にしてはいけない。
    表現する人たちはとくに、自分の言葉で、持っている手段で、
    向き合い、発信するべきことだろうとも思う。
    「復興書店」のことは記事では詳しく書かなかったけど、
    島田雅彦が始めたこういう活動も、すばらしいことではある。
    けれども、それにまっさきに共鳴して、「ばらの花」というエッセーをばななさんが書いたこと、
    このことのほうに、私は作家としてのあり方を見た。
    >「百年の計のない人が言い出しても 動かないんだろ」
    自分にとってもっと優先的なことがあって、
    そのために百年の計にしたくない人たちは、動かないだろうね。
    とにかく私はこの”菅おろし”が、とってもキモチワルイ。
    最初は「ナンデ?」だったんだけど、それが「かなりヘンじゃない?」となり、
    今はひたすらキモチワルイ。
    政治がこんなにキモチワルイって初めて…。
    それだけほころびてるからだろうけど、
    でもそれが見えることには、プラスの側面もある。
    私たちが丸投げしてきた相手がどういう集団だったかがよくわかるという。
    原発を巡っては、被爆国日本がなぜ核の平和利用にこれほどまい進してきたかが、
    ようやく省みられるようになってきた。
    百年の計にあたっては、そこから検証しないと始まらないから、
    やっとスタートラインにつけたかな、とも思う。
    で、キモチワルク感じてる人もけっこういるってこともわかってきた。
    異様さを指摘する朝日の記事も出たし、今日の読者投稿にも、
    脱原発支持77%なのに菅内閣支持15%、この安易な菅おろし同調は、
    脱原発を後退させる、と危惧する意見もあった。
    宮崎駿、矢作俊彦、池澤夏樹、それから孫さんもだけど、
    菅さんにエールを送る人たちもいて、
    この人たちの言説にも励まされる。
    >民から変わってくる…
    これ、個人サイトのほうのコメントでも、iちゃんが同じこと書いてくれた。
    私もそう思いたい。いや、ほっとけばそうなると思う。
    (既得権集団よりの)政治が変なことしなければ。
    この25年(半世紀か)やってきたみたいな。
    あっちの返信に書いたことを転記するね。
    【だけど、←でも紹介した「みんな平等に電力を使えません」
    http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20110714/221477/?P=1
    の記事であらためて思ったのは、
    私たちに知らされていないことが山ほどあるんじゃないかっていうこと。
    これはマスコミの責任でもある。
    新興の電力会社「PPS(特定規模電気事業者)」というのがあるのを、私は知らなかった。
    記事を読むと、一方に電力自由化の端緒があるのに、
    それをはばむ電力業界(原発)保護の政治システムが、強固に立ちはだかってる。
    このシステムをなんとかしないと、せっかくの「民間力」も生殺しにされるばかりだよ…。】
    と書いたところで、今日の新聞に注目すべき記事。
    国会での菅非難をでかでかと取り上げた記事の下の、
    小さい、目立たない「自然エネ参入を促進」というもの。
    行政刷新会議(議長=菅直人首相)がまとめ、今日閣議決定される(された)改革方針で、
    首相がこだわる再生可能エネルギー分野の規制緩和などが盛り込まれたもの。
    http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011072100937
    これはまさに「民から変る」を支える、「民間力」を生かす施策だよね。
    まだまだささやかなものだけど、こういう地道なことの積み重ねも一方にある。
    そういうものを、またぞろ骨抜きにしたりしないで欲しいというのが、私の願いです。
    「読んだよ」メッセージに、「がんばりましょう」と書いてくれた方、
    ありがとうございます。
    ほんと小さなことですけど、でも声をあげることが大事なことだと思っています。
    うん、がんばりましょう。
    同じく、「共感しますと伝えたくて…」と初めてメッセージを入れてくれた方、
    こちらこそ、いつも読んでいただき、ありがたいです。
    こんなふうに寄せてもらえると、こっちにもアップしてよかったなあ、と思います。
    ほんとうに、ありがとう。

  3. やっときました。
    この1ヶ月、ほぼ休みなしでした。
    やっと昨日ひとつ大きな企画が終わり、今日は脱力しながらいろんなこと片付けています。
    休憩時間です。
    vaiさん
    ばななさんのこと、復興書店のこと、
    そして、私がよく考えきらないまま「なんだかキモチワルイ」って思ってたことを、ほかの人もキモチワルイって思ってたんだってこと、
    教えてくれてありがそう。
    目先のことにわらわらと追い立てられていると、
    ちゃんと一旦止まってよそ見することができないね。
    「前だけを見て!」って誰かが言ってたけど、
    前だけ見てちゃだめだなあと思うなあ。
    ばななさんの言葉に、またあらためてしんとした気持ちになりました。
    ばななさんと一緒に生きてるような気分だった若いころがありました。
    出る本は全部読むぞと誓ってる感じでした。
    なんだか旧友に会ったような懐かしさと切なさを感じました。
    お互い年を重ねたねって言いたい気持ち。
    でも、彼女は変わらずその感性を持ち続けて、
    もっと豊かで深みを増して活動しつづけているのだなと、
    この機会に彼女のサイトにも行って実感してきました。
    復興書店、島田さんはこんなことをする作家さんだったのですね。
    それぞれが自分のフィールドを最大限利用してできることをしようと考えるのは、
    ほんとにすてきで尊いことだなあと思いました。
    私は最近テレビもあまりみないで、
    自分の活動のエリアで直接入ってくる情報と、
    もっと直接入ってくる働きかけで震災や原発のことに、
    なかば義務感もありつつ対応していました。
    っていうか、ちょっと最近受身でした。
    私は子どもに関するNPOにかかわっているのですが、
    被災地から私が住む地域に避難して住んでおられる子育て家庭が集まる企画に、
    情報提供とサポートの側として参加しました。
    企画が開催された場所は県庁所在地にあるのですが、
    参加されてる方は、車で30分以上かかるところに家を借りておられ、
    そこからわざわざ情報を求めてきておられるかたもいらっしゃいました。
    用意されたフロアはふたつでした。
    ひとつは、カウンセラーや福祉行政の専門家、教育関係のアドバイザー、
    そして、夏休みにむけて子どもたちの体験活動の機会を提供できるボランティア団体(私はそこ)、
    物資を提供できる団体、乳幼児の子育て支援の相談窓口など、
    様々なことを提供するブースが集まるフロアでした。
    もうひとつは、被災者同士が交流したり、主催者に思いを訴える機会を作るフロアでした。
    うぅ~ん、書いているうちに、どこまで書いていいのかむずかしいなと感じてきています。
    あのね、そこでもいろいろな出会いがあり、いろいろな声を聴いたのですが・・・・
    人は、自分の住み慣れた場所を離れなきゃならなくて、
    その後しょうがなくて来た場所でも、
    そこで生きていこうと、そこに順応して生活を作っていこうとして頑張るんだなあと思ったんです。
    ここで子どもを育てていくのだと覚悟したんだなと感じるおかあさん、
    普通につぎつぎ質問して、いろんなことを意欲的にリサーチしておられました。
    あれこれやりとりしているうちに、子どもが好きな絵本が共通していたり、
    同じ児童劇団の芝居を子どもと観た経験があったりして、ちょっと笑いあったりするんですね。
    笑いあったりするのだけど、そのお母さんのその暖かな子育ての思い出の場所は、
    突然「帰りたくても帰れない場所」になっちゃったのだなあと思いました。
    一緒に来たこどもたちは元気に走り回り、ベビーカーの中のあかちゃんは眠っていました。
    あの場所から来たのだなあと一瞬思うのだけど、また普通の話を普通にして、あれこれ説明するのを聞いてもらって、
    子どもたちが転んだら「あぶないよ~」と言って、
    「元気ですね」とか言って「はい・・・」とかお母さんが答えて、
    またちょっと笑いあって、
    また会えるのか、もう会えないのかわからないで「どうも」とか「じゃあまた。よかったら来てください。」とか
    短いあいさつして終わるんですね。
    なんか、とりとめないことを書きました。
    そのお母さんたちが、この先、私がかかわっている企画にお子さんと参加してくれたら出会えるんですが、
    そうじゃなかったらもう会えないってことなわけで・・・
    どうしてるかな?と思っても、名前も知らないままです。
    そんな出会いをしながら、またそういう機会があったら私はでかけて行って、
    あれこれとっかかりを探したり、そこで出会った支援側の人のすごさに圧倒されたりするんだと思います。
    そのリサーチの力と創意と工夫と行動のためにお金を作り出す力に感動し、
    そこにつながって自分もできることがちょこっとみつかって喜んだり、
    その興奮を人に話したりして・・・
    そういうことを、これから先、ガンガンにじゃないけど途切れずに、
    やっていきたいと、今は思っています。
    あぁ、なんか・・・
    こんなところで、ちいさな決意表明のようになってしまってる(笑)
    ここまで書いて、どう終わったらいいかわかんないわ。だはは。
    画像検索して、久々にばななさんの顔を見て、
    「へぇ~、だんなさんってこういう人なんだな。
    なんか、いい夫婦そうだなぁ~」なんて思って、
    ほっこりしました。
    vaiさん、ありがとね。

  4. しーたちゃん、
    コメント、ありがとう。
    色々お疲れさま。
    ゆっくりじっくり返レスしたい。
    でも公私ともに次のでかい波が来ちゃって、7月は浮上できないかも。
    ちょっと待ってておくれね。
    よろしくです。

  5. しーたちゃん、
    コメントありがとう。
    私も目の前の仕事で終わってるだけの日々だったよ。
    バランスよく暮らしたいけど、すぐ偏ってしまう。
    今はやっとでかい波を一個乗り越えたとこ。
    コメントもちょっと隙間をみつけて書いたりしてたんだけど、どうにも中途半端。
    遅くなって申し訳ない。
    でも実はこのあともまだ大波小波が控えてるんで、また時間切れになるかもだけど、
    とにかく区切りがつくところまで…。
    >ばななさんと一緒に生きてるような気分だった若いころがありました。
    私はぜんぜん不真面目な読者で、でもきらいじゃないです。
    私がイタリアに出会った頃、90年のちょっとあとだと思うけど、
    「キッチン」のイタリア語版を買って、
    でもなかなか読めずに挫折。
    同じ頃須賀敦子さんにはまったんだけど、
    つい最近彼女のDVDの付録本を読んでいたら、
    キッチンの訳者(Giorgio Amiturano)が寄稿してて、
    ばななさんの作品を彼に紹介したのが須賀さんだったと判明。
    ここからも「カプリ賞」につながっているんだなあと、
    ちょっと嬉しかったりして。
    >出る本は全部読むぞと誓ってる感じでした。
    「イタリアンばなな」は読んだ?
    ばななさんのもうひとりのイタリア語翻訳者Alessandro G. Gereviniとの共著。
    私は「ばらの花」を読んで、この中に納められている
    クレモナのクリスマスを描写したエッセイを思い出したよ。
    >復興書店、島田さんはこんなことをする作家さんだったのですね。
    サイトに、島田さんの、「文学には何もできないけれど…」という
    一行があったね。
    私はこの一行で、前に話したアラブ文学者岡真理さんのことをまた思った。
    震災・原発事故と文学ということでは、
    岡さんがずっと投げかけている、パレスチナの人々が被っている災厄、
    理不尽に故郷を奪われ、虐殺され、
    難民として生きることを余儀なくされているような人びとに対して、
    「文学は何が出来るか」、という問いが重なる。
    その岡真理さんが、原発事故後に京都新聞に寄稿した「山羊と原爆」、
    以前メールで紹介したけど、ここにも張っておくね。
    http://abc.pwkyoto.com/?eid=181
    この文章を読んで、私は彼女のアラブ文学に向かう姿勢の、
    原点を見たように思ったわ。
    >私は子どもに関するNPOにかかわっているのですが、
    被災地から私が住む地域に避難して住んでおられる子育て家庭が集まる企画に、
    情報提供とサポートの側として参加しました。
    この部分に対するコメントは、またどーっと長くなる。
    考えたんだけど、別記事にすることにします。
    (なんとか数日中にアップしたいけど、できるかな・・・)

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