7. ダンシング・イン・ザ・クローゼット

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この物語は、マイケル・ジャクソンの「リベリアン・ガール」と「イン・ザ・クローゼット」に触発されて出来たものです。ノン・フィクションの部分も取り入れていますが、あくまでフィクションです。



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示談のかけひきは、フィルの得意とするところだ。
インタビューの全文を掲載したいという競争相手の申し出に対して、
当然V誌は、自社に掲載権があると主張した。

フィルは、契約不履行となった取材内容に関して、
当方には守るべき道義は何もないと一旦はつっぱね、こちらが折れる形で、
次号の記事の代わりに全文を掲載するという項目を、和解条項に加えさせた。

記者会見で、和解の報告はフィルが述べた。
V誌の弁護士は、
「ナオミ・キャメロンの行為に疑問を覚える点はあるものの、今回の和解は、
いくつかの不幸なすれ違いの結果、
不完全な記事が彼女に与えた精神的な苦痛を思っての、
当社の最大限の譲歩である」 と、編集長のメッセージを読み上げた。

続いて、フィルの励ましの視線を横顔に感じながら、
私はマイクのスイッチを入れた。
– えーと、今日は、私が提訴した事件で和解に応じたことのほかに、
あとふたつ、皆さんにお知らせすることがあります。

まず引退宣言ですが、正式に撤回します。
出来る限り、モデルの仕事を続けようと決めました。
40になっても、50になっても、続けられる限り。
なぜかって? つまり、ファッションは若者だけのものじゃないし、
あらゆる年代のモデルは必要だと、考えるようになったのよ。

最後は、今後の仕事の上でとっても重要な決定で、
これは、ケイトから話してもらいます。

ケイトがスタンドからマイクを引き抜いて、話しはじめた。

– ナオミ・キャメロンオフィスに、非営利の新しいセクションを設けました。
このセクションは、マスメディの報道に対する、
民間オンブズマンの役割を担います。
セクションの名称はまだ正式に決めていませんが、仮に、
マスメディアに対するオンブズマンフォーラム OFAM と呼ぶことにします。

記者たちの顔に、一様に疑い深い表情が浮かんだ。
あらかじめ配られていた会見の概要には、一行、
ナオミの今後の活動予定について、としか記されていなかったのだ。

–  OFAMが目指すのは、ある人や事件に関してなされた報道が、
公平であったかどうかの綿密な調査と、
調査の結果を広くメディアの受け手に届けることにより、
不当な報道によって歪められた当事者の名誉と尊厳を、回復することです。

最初の調査事例として挙がっているのは、
現在アメリカのABCに在籍しているイギリス人ジャーナリストB氏が、
マイクルに行ったインタビューをもとに作成した、2003年の番組です。
また、MJ裁判に関する一連の報道も検証します。

何人かの記者が、居心地悪そうに足を組み替えたり、
いらだちを隠すように、手のなかのペンを回したりしていた。

– すでにスタッフを数人雇い入れ、ブログサイトの立ち上げを準備しています。
スタッフには、IT関連のプロ、広報のオーソリティ、調査会社で働いていた者、
それから、ジャーナリストもいます。
もっと人手は必要になるでしょう。今後、ボランティアも募集するかもしれません。

運営には、ナオミ・キャメロンがモデルの仕事で得た収益の一部をあてますが、
趣旨に賛同していただける、個人や企業、団体からの寄付なども受け付けます。
ナオミの友人で、協力を申し出てくれている人も既に何人かいます。
スタートから運営を軌道に乗せるまでの指揮は、私がとります。
以上に関して、質問がありましたら、どうぞ。

前から三列目の真ん中あたりから、手が上がった。
– 僕はそのABCの記者で、B氏は仕事仲間です。

挑戦的な視線を私に注いだまま、記者はマイクを握った。

– 6年も前の、しかも当事者がもう亡くなっている報道を取り上げるのは、
いささか奇妙に思えますね。
それに、メディアに対するチェック機関は、PCC(プレス苦情処理委員会)や、
民間のプレスワイズ・トラストなど、既にいくつかある。
それらと、このOFAMはどこが違うのか?

ケイトがおもむろに立ち上がった。

– B氏は、強引な取材方法と偏った編集のために、
わが国の放送管理委員会に制裁処置を受けていたことを、ご存知ですか?
なのに彼は今、アメリカのニュース番組でアンカーを務めている。

彼が作成したマイクルの番組はイギリスで1400万世帯、
アメリカで2710万世帯、その他世界中で非常に多くの人が視聴しました。
マイクル側は、番組では意図的にイメージを歪める編集が行われた、
非公開の約束だったカットも放映された、として、
製作したイギリスのTV局やB氏を提訴しました。反論番組も作られた。

けれども、既にばら撒かれてしまったマイクルに対する否定的なイメージは消えず、
皆さんもよくご存知のように、この番組をきっかけに、
彼は少年に対する性的虐待で告訴され、裁判となりました。
不当な報道をされた者と、その報道をした者と、
どちらの権利がより守られたのか。

PCCが行う非公式な紛争解決や調停サービス、
つまり、めだたない調査報告や小さな謝罪広告は、
このようなメディアの持つ暴力的な波及力に対して、あまりに無力です。
法的な救済、時間のかかる裁判も、同様です。

しかもこれらの報道は、国境を超えてなされてしまう。
MJ裁判には、世界中のメディアが殺到しました。
その数2200、おそらくここにいる皆さんの中にも、
カリフォルニア・サンタマリアの法廷で取材活動を行った方が、
いるのではないでしょうか。
その報道は、またもや、と言うべきでしょうが、非常に偏ったものでした。
マイクルはそのことに対する苦情処理や調停を、
どこに求めればよかったのでしょう。

彼の事例は極端な、特殊なもの、過去のものだと言われますか?
我々は、そうは考えません。
彼になされた報道は、報道が犯すあらゆる過ちを含んだもので、
同じようなことはその後も絶えず行われている。
我々はこの事例を、今後の一つの指針、一つのスケール、
常に振り返り、立ち戻る原点と、位置づけています。

なによりも我々は、
不当なメディアの報道により傷つけられた当事者の精神的なケア、
及び、社会的な信用失墜の回復に、力を注ぎたいと考えています。

ことにマイクルのような、才能豊かな人がメディアの不当な報道に曝された場合、
その後の彼の活動に及ぼすマイナスの影響は、とりもなおさず、
我々の社会にとって、大きな損失になると考えるからです。

具体的な活動についてはまだ検討段階ですが、一つ言えることは、
この問題は、グローバルな視点で立ち向かわなければいけない、ということです。
困難は承知しています。我々の力はあまりに小さい。
けれども、怖れず、あきらめず、
信頼できる、広範囲でオルタナティブなネットワークを築きあげることを、
我々は目指します。

ケイトの整然とした説明に、会場は静まり返った。

– 他に質問は?

おずおずと、最後列から手があがった。
まだ駆け出しのような、若い女性記者だった。

– ミズナオミ、聞きたいんですが、
なぜ私財を注ぎ込んでまで、このようなセクションを作ったんですか?
何かきっかけになるようなことが……。

– あんた、私がこれまでどれだけメディアとケンカしてきたか、知ってんの?
思わずマイクもなしに答えた。
ケイトが苦笑しながら、マイクを渡してくれた。

– ほんの三ヶ月前まで、まさか自分がこんなことを始めるなんて、
思ってもみなかった。
イタリアでまたメディアと裁判沙汰になって、心底うんざりしてたのよ。
すっぱり引退して、結婚して、子供を産んで、誰にも追っかけまわされない、
普通の暮らしをするつもりだった。

そんなときマイクルが亡くなって、あらためて彼の歌を聴いて、フィルムを観た。
彼は生涯チャレンジすることを、やめていなかった。
なのに、ナオミ、おまえはどうなのって、そのとき思ったんだ。
私にはするべきこともあったのに、それすらしなかったんじゃないかって。

S紙の記者にマイクが回された。
『果たしてナオミは名誉を回復できるか?』 という記事を書いた記者だ。

– 問題の記事に話を戻しましょう。
インタビューは全文掲載されるそうだが、そのなかで、
前回の記事を読んで誰もが感じた疑問、いや、
疑問というより欲求不満は解消されるのだろうか。ミズ・ナオミ、伺いますが、
あなたはマイクルのセクシュアル・オリエンテーションをどう捉えていましたか?
『In the Closet』 のMV撮影の前、そして撮影中に感じたこと、
知りえたことについて、聞かせて欲しい。

– インタビューで答えた言葉が全てよ。
彼はノーマルでニュートラルな男性だった。
マッチョな「男らしさ」が彼の美意識にあわないだけで。
でも、多くのファンは彼のそんな感性に共感してる。

– 男性と女性、どちらが好みだったかは?
– 彼にはたくさんの友人がいた。男も女も。
どちらに接する態度も、変わらず優しかった。
彼が女を性的対象としてしか見ない男根主義者じゃないからと言って、
女を性的対象として見られない男だと決め付けるのは、的外れだと思う。

– 具体的に彼と、セクシュアリティーについての話をしましたか?
– 『In the Closet』 のコンセプト、MVのテーマ、
ということではもちろん、話したけど。

そこで、別の記者が立った。

– では訊きたい。彼の友人レクター氏の、
自分がマイクルの子供たちの生物学的な父親だというコメントは、どう捉えますか。
「彼は子供を欲しがっていたけど、
あまりにシャイで女性とセックスが出来なかった、だから、
僕が自分の精子をプレゼントしたんだ」 というものです。

血管が、胸のあたりでちりちりと泡立った。
怒りの爆発の兆候を、私はいつになく冷静に観察した。
まだ泡立ちは、指先まで達していない。
フィルからも、記者たちの挑発に決して乗るなと言われていた。

彼らの目に、今や私の意図は明らかだ。
ナオミは今までとは違った形で、マスコミに挑戦状をたたきつけた。
そこには、マイクルに対する強いこだわりがある。
つまりマイクルが、ナオミのウィークポイントなのだ。
彼らはマイクルを貶め、そのことによって私が怒りを爆発させるのを待っている。

– 彼はゲイで、女装して恋人と密会してたって記事について、
聞かれるかと思ったわ。どっちでも答えは同じ、
ひと言、くそくらえ! よ。
くだらないゴシップ報道は、読む前にゴミ箱に捨てなきゃいけない。
私たちの仕事は、まず大量のゴミをゴミ箱に捨てて、
そのゴミ箱リストを公表することになりそう。
うんざりするけど、しょうがない。これはゴミだって、言ってあげなきゃ。

そう答えると、記者はあっさりと次の質問に移った。

– 今頃アメリカでは、当社のT誌がキオスクや書店に並べられているでしょう。
こちらで目にするのは明日の朝。
だがすぐに読者がネットに書き込むだろうから、
あなたは間もなく内容を知ることになる。
だからひとあし早くここで明かして、あなたの感想を聞いてみたい。
『In the Closet』 に関する、Mのインタビュー記事です。

Mによると、まだこの曲が作られる前、彼を家に招いた際、
二人は曲のコンセプトについて、かなりつっこんだ話をしたそうです。
彼女はセックスをテーマにした写真集を企画していたし、
ごく自然に二人は、個人的なセックスライフや好み、
それぞれが抱えている問題などを話し込んだ。夜が明けるまで。

インタビュアーはおどけて、
「ではマイクルと一夜と共にしたのね?」 と訊ねた。
Mは、「共にしたのは夜だけじゃなくてベッドもよ」と答えた。
この話を、あなたはどう捉えますか?
またあなたとマイクルとの間に、同じようなことはなかったのか?

Mとは、しばらく前に電話で話したばかりだった。
OFAMの構想を伝えると、喜んで協力すると言ってくれた。
その彼女が、何故、このタイミングで……。

私は混乱した。
何より頭の芯をしびれさせたのは、これが、
マイクルとMのあいだに、親密な、性的な関係があったと示唆していることだ。
それは十分考えられることで、
だとしても私には何の関係もないことなのに、私はうろたえた。
彼に関するどんなゴシップを聞かされても、笑い飛ばしてやると思っていた自信は、
見事にどこかに消えてしまった。

– まさか、そんなこと。
– まさかと言うのは、Mとマイクルのことなのか、
それともあなたとマイクルのことなのか?
– えーと、つまり、そんなことは……。Mに関しては、私はなにも……。

まともな返答が出来ないでいる私に、すかさずケイトが口を開いた。

– 失礼。さきほどから、逸脱した質問ばかりのように思えます。
この会見は、ナオミ・キャメロンの告訴が和解に至った報告のためのものです。
OFAMに関しては、正式な発足後に再度記者会見を開きます。
本題に関する質疑がないようですので、
今日のところは、これで会見を打ち切らせていただきます。

会場は大きなどよめきに包まれた。
私はケイトに促され、T誌の記者の視線から逃れるように、席をたった。

 

 

↓ マイケル・ジャクソンの幻のフィルム「Ghosts」全話です。 ↓
お時間のあるときにでもどうぞ。
ちょっと怖くて哀しくて、なのにすっごく楽しい・・・。
彼の一人5役が明かされる最後まで、観てね♪

 

 

 

 

 

 

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