近況報告代わりの映画評「カラバッジョ」

いやー、新作も書かず、仕事に追われ、合い間にごちゃごちゃ文句をつけてたら、
あっという間の春ですね(春っぽくないけど)。

どれ何か目新しいことでも、と周りを見回してみても、やっぱりたいしたことは何もない。
情けなや。

ということで最近見て面白かった映画についての感想を、こっちにも載せときます。
カラバッジョ、イタリア・ルネッサンスの終盤に登場し、38年の生涯のうち最後の15年ぐらいに、
50-60作ほどの作品を残し、バロックへの扉を開いた画家。
光りと影の画家、と言われるけれど、反骨と無頼を生きた生涯と、作品の美しさを堪能できる今回の映画、
もしお近くで上映してるようでしたら、おすすめです。

 

好きな画家の生涯を描いた映画なので、楽しみにしていた。
と言っても、カラバッジョの生涯がどのようなものであったのか多少は知っていたので、
内容が重く結末が暗いものであるのは予想していた。

最初から最後まで彼につきまとうのは、黒い馬に乗り、黒い甲冑をつけた「死」である。
あの時代、確かに「死」は、彼のような資質と運命を 持った人間にとってだけでなく、
誰にとっても身近なものであっただろう。
マラリアやペストでころりと死んでしまう人たち、川辺に打ち上げ られた溺死体、
街角で日常的に行われる公開処刑、
ささいなことで繰り広げられるケンカでは、簡単に剣が抜かれる。

映画では、カラバッジョが犯した殺人事件を、かなり好意的に描いている。
引き金は愛するレナに加えられた危害だが、
それ以前に街のごろつきたちや画家仲間との確執があり、
彼の怒りの底には、女性や弱者に対する侮辱や反感、差別に対する正義感があったと。
確かに、娼婦をモデルに聖母を描き、
ひざまずく農民の、泥に汚れた足を大胆に描いた画家の反骨精神からも、
すんなり頷ける解釈ではある。

が、実際に伝えられているのは、球技にからんで4対4のケンカになり、
一人を刺し殺してしまった、いうだけのものだ。
彼の「無頼」が、現代の私たちに理解しやすいものに薄められてしまったと感じるのは、
私だけだろうか。
もちろん、映画が残された史実に忠実である必要はないんだけれど。

当事のイタリア半島では、ドイツ・スペインやフランスの侵攻により、
フィレンツェ、ジェノバ、ヴェネツィア以外の小国は、これらの国の支配下に置かれていた。
映画では教皇の勢力争いでさらりと触れられているだけだが、
ローマを中心とする中部教皇領も、ひとつの国家として、
大国や、隣接する都市国家同士の緊張関係と無縁ではなかった。

また、ローマは、反宗教改革運動や異端審問を繰り広げてい たカトリックの、
中心となる都市でもあった。
コペルニクスを擁護した修道僧、ジョルダーノ・ブルーノの火刑シーンが出てくる。
ガリレオが星の観察で地動説を補強するのは、この少しあとのことだ。
時代は、一方ではルネッサンスの繁栄と輝きを失いつつあり、
他方では、 カトリックに集積した富と知のなかから、
硬直した思想や規範を打ち破り、新たな科学や表現を生み出そうともしていた。

この映画の魅力の一つに、普段は教会の薄暗い照明のなかで、
目を凝らして見るしかないカラバッジョの一連の作品を、
大きなスクリーンでじっくりと見られることがある。
なかでも「聖マタイの召命」を描き終えた画家が、疲れ果てて絵の前で寝てしまい、
朝目覚めたときのシーンは美しかった。
画家がふと視線を絵に向ける、と、窓から差し込む光りが、
そのまま絵の中の光りと重なっている。
光りと闇が劇的に拮抗する彼の絵が、唯一ここでは、柔らかく交じり合う光りに包まれている。
撮影監督ヴィットリオ・ストラーロの、この絵に対する思いいれがうかがえるシーンだ。

し かしローマでは、400年前がついこの間のことのように思えるのが嬉しい。
カラバッジョを庇護するデル・モンテ枢機卿の館では、カステル・サンタ ンジェロを思い出した
(サンタンジェロは、映画の背景でも登場する)。
実際の居館はマダーマ宮(現在は上院)と伝えられているが、
撮影はファルネーゼ宮(現フランス大使館)で行われたようだ。
ファルネーゼ宮はなかなか中に入るのが難しいので、その意味でも貴重な映像かもしれない。

それらリアルな400年前の空気の中で、あらためて、カラバッジョの先駆性を思う。
壁も天井も、美しいフレスコ画で飾られた宮殿に迎えられ、
サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会に描いた聖マタイの祭壇画で名声を勝ち取り、
カラバッジョは間違いなく成功への道半ばにいた。

だが彼は弟子をとらず、工房を構えなかった。
権力をもつ教会や聖職者におもねることをしなかった。
そして娼婦と農民と市井の人々をモデルにしつづける。
そのことが、彼が生きた時代にあっては賛否両論を招いたが、
同時にそのことが、後代の彼の大きな評価につながった。
クールベやミレーの登場より200年以上前のことである。

●映画のオフィシャルサイト

●主要作品の解説

3 Comments

  1. おお、vaiちゃん!!
    わたしも映画「カラヴァッジョ」についてスレ立てしたい位だった。
    ありがと〜〜!
    ずっと気になる映画だったんだけど、息子たちのダブル進級でバタバタして、
    半ば見に行くのをあきらめていたところへ、次男の入学式の日が東京上映ラストの日。
    どうしようかな・・・、え〜い!行くしかないっ!
    「ちょっとだけお出かけしてくる。7時半には戻るから」と言いおいて、
    入学式でぐったりの息子を置いて、ひとり走って見に行き、
    期待をはるかに超えた素晴らしさで圧倒されて、走って帰ってきたの。
    今のところ、今年見た映画のNo.1です!(まだ4月だけどね)
    私はカラヴァッジョという画家自体に対する認識が、vaiちゃんほどしっかりしてなくて、
    ルネッサンスからバロックへの移行期の人、という印象だった。
    「無頼」だったこと、喧嘩っぱやくて、娼婦の顔を聖母につかって物議をかもした・・
    知識として、そのくらい。
    でも違った。
    彼こそが、バロック的な描き方を確立した一人、
    絵画表現の歴史を一歩進ませた人だったんだな、と。
    題材は聖書や神話だけど、それを目の前で繰り広げられているように「リアル」に、
    それでいて、光と影を使い分けて「劇的」に描く。
    その為に、平素から、死体観察、火刑見学、モデルの使用・・なんかが必要となる。
    主役のアレッシオ・ボーニは、カラヴァッジョが乗り移ったよう。
    彼の熱演なくして、この映画の成功はなかったと思う。
    >普段は教会の薄暗い照明のなかで、
    目を凝らして見るしかないカラバッジョの一連の作品を、
    大きなスクリーンでじっくりと見られること
    そうなんだよね。
    作品が収蔵されている美術館も散らばっていて、
    全部を一堂に見ることはなかなかできない。
    教会の壁じゃあ、はがすわけにも行かないし・・・。
    でも「ああ、見に行きたいなあ・・・」と痛烈に思ったわ。
    映画の画面があの時代の色で構成されていて、
    解説を読むと、当時のランプ照明を使ったとか・・ね。
    まさに絵の中の人々が生きて動いているみたいだった。
    カラヴァッジョという画家の生涯だけど、ひとりの人間の生き方ももちろん表している。
    38歳で亡くなってしまうけど、カラヴァッジョってかなり丈夫な人だったように思う。
    「絵を描く人」である自分を疑わず、最初は見本の絵一枚背負って、
    「就活」し、餓えと戦いながらも描き続ける。
    認められてからも、飲まず、食わず、寝ずでも決して妥協せず、
    弟子の力も借りずにひとりでひたすら描く。
    きっと描いている間、アドレナリンが出っぱなしだったんじゃないかな。
    で、終わるとガクっとなって、気晴らし欲しさに、酒に女に喧嘩に・・(笑)
    >実際に伝えられているのは、球技にからんで4対4のケンカになり、
    一人を刺し殺してしまった、いうだけのものだ
    そうなんだ。
    これは、その「元伝説」を聞いたことがなかったな。
    つい映画の解釈を信じちゃう。
    でも正義のために剣を抜いた、って言うより、
    「あ〜〜あ、また我慢できずに抜いちゃった、どうしようもないヤツ」
    って見ていて思ったよ。
    ラストは辛いけれど、彼の運命だったと思う。
    よくあそこまで生き延びたものだ、
    短い人生でよくもあれだけ描いたものだ、と。
    彼の命より、彼の描いた「絵」は今も燦然と輝いている。

  2. vaiさん
    もう映画を見たのですね。
    私は最近テレビで彼のドキュメンタリーを見て、映画を見たいなと思っていたんです。
    絵に見覚えがあったけど、画家の名前に全然覚えがなかったのです(-_-;)
    そんなに有名な人だったのね。
    いくつかのエピソードの中で、大学の医学部の壁画を依頼された話がありました。
    彼は医学にまつわる4つのテーマを元に4つの絵を描いたんだけど、
    それがすごい深い彼の哲学から出たイメージだって気がして、
    ステキだと思ったんです。
    だけどそれが批判を受けて・・・
    どうなったんだっけ。はずされたのかけずり落とされたのか忘れたけど、
    悲惨な結果になっちゃったんですよね。
    画家がこんなふうに依頼を受けて描く時には、自分の中の哲学みたいなものをクライアントの注文に添わせて膨らませていかなきゃいけないっていうのは、きっと現代も同じだろうけど、
    先駆的であればあるほど、生きてるうちの評価が得られないのはほんと切ないことだなあ。
    それでも彼は逃避行を続けながらも絵を描いて必死で枢機卿と連絡をとろうとして、
    自暴自棄な生き方ではなかった気がしました。
    そうか、映画は実際にそこに赴くよりも美術品をリアルにしっかりと鑑賞させてくれるという利点があるのですね。
    これは現地でいろいろ見て歩いた人にしかわからないところかもしれないなあ。
    見てみたいです。

  3. すまん、忘れていたわけじゃないのだ。
    色々忙しくて、ついついあとまわしにしてしまったのだ(いつもの悪いクセ)。
    書き出すと長くなりそうだったし。
    Annaちゃん、
    >彼こそが、バロック的な描き方を確立した一人、
    絵画表現の歴史を一歩進ませた人だったんだな、と。
    うん、彼の影響を受けた画家はすごく多いよね。
    カラヴァッジェスキという一派もあるくらい。
    私がすぐ思い浮かべるのはラトゥールとかだけど、あ、あとレンブラントも。
    カラヴァッジェスキの中で好きなのは、アルテミジア・ジェンティレスキという女性画家。
    随分昔にNHKの日曜美術館で、若桑みどりさんがとりあげたので知ったの。
    カラヴァッジョも描いている「ユーディットとフォロフェルネス」を何枚か描いていて、
    (私はウフィッツィとナポリのカポディ・モンテのを見た)
    誰の「ユーディット…」より、彼女のが一番が好き。
    カラヴァッジョのがなまっちょろいと感じられるくらい、迫力と緊張感があって、
    とっても完成度が高いと思う。
    http://www.salvastyle.com/menu_baroque/gentileschi_a.html
    女性画家なんてまだいない17世紀、アルテミジアは父親の工房で絵を学ぶんだけど、
    ヌードデッサンをさせてもらえず、自分を鏡に映して描いたというエピソードがある。
    彼女がこの絵に込めた思いを、若桑さんは、
    師である画家から受けたレイプ騒動をからめて解説していて、
    その口調にもすごく熱がこもっていて、印象に残ってるんだ。
    ああ…、どんどんマニアックな話になってく…
    でも、まあ、いいか。
    >作品が収蔵されている美術館も散らばっていて、
    全部を一堂に見ることはなかなかできない。
    教会の壁じゃあ、はがすわけにも行かないし・・・。
    でも「ああ、見に行きたいなあ・・・」と痛烈に思ったわ。
    本当は宗教画は、美術館で見るより、もともとあった教会で見るのがいいよね。
    ローマには三つの教会にカラヴァッジョの作品があって、
    私は行くたびに、近くを通るとふらっと入ったりしてる。
    その他にもローマにはたくさん彼の作品があって(五つの美術館に収蔵されてる)、
    カラヴァッジョ三昧ができるよ。
    ちなみに2001年に日本で開催されたカラヴァッジョ展には、
    ローマの個人蔵のも来たんだけど、
    これ、誰も描いていないようなマグダラのマリアだったな。
    ネットを探したら、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会(聖マタイの絵が三枚ある)
    の写真があった。
    ○ttp://ameblo.jp/tokyo-gourmet/entry-10170570278.html
    こういうふうに、礼拝堂の左右の二枚は、通常正面から見られないんだよね。
    それと、天蓋の窓から差し込む光りも計算されていると思う。
    >主役のアレッシオ・ボーニは、カラヴァッジョが乗り移ったよう。
    彼の熱演なくして、この映画の成功はなかったと思う。
    ほんとほんと、私は(たぶん)この人初めて見たと思うんだけど、良かったよね。
    映像も良かった。
    イタリアは400年前の街並みがそのまんま残ってるし、
    夜の光りも(蛍光灯がないせいもあって)、ほとんどあの映画の色のまんまだよ。
    しーたちゃん、
    >私は最近テレビで彼のドキュメンタリーを見て、映画を見たいなと思っていたんです。
    へー、それは見たかったな。
    >いくつかのエピソードの中で、大学の医学部の壁画を依頼された話がありました。
    彼は医学にまつわる4つのテーマを元に4つの絵を描いたんだけど、
    これはどの絵のことだろう? 初めて聞きました。
    って、そんなに詳しく知ってるわけじゃなかったわ(笑)。
    >先駆的であればあるほど、生きてるうちの評価が得られないのはほんと切ないことだなあ。
    う~ん、彼は生前も結構評価されてたと思うな。
    映画では評価される前の極貧状態も出てくるけど、
    枢機卿がパトロンになって、館に住まわせて、
    教会の礼拝堂壁画の注文をとりつけてくれたりしたわけだし。
    彼の作品が賛否両論を巻き起こした、というのでは、
    伝統的な表現を好む教会保守派なんかは、絵の受け取りを拒否したりしたけど、
    それをコレクターの金持ち枢機卿が買い取ったりしていて、
    熱狂的に支持している人もかなりいたってことだと思う。
    そういう一人がボルゲーゼ枢機卿で、彼のコレクションが、
    この前東京に展覧会で来たボルゲーゼ美術館になるわけだけどね。
    パトロンのデル・モンテ枢機卿が、自分のために描かせたものがあまり多くないのは、
    人気が出てしまったカラヴァッジョの製作料が、
    それほど裕福ではなかったデル・モンテ枢機卿には払えないほど高くなっていたからだ、
    という研究者もいるくらい。
    映画では、こういう人気や評価が同時代の画家の妬みになって、
    カラヴァッジョを揶揄挑発し、それが殺人に至る暴力事件につながる流れとして描かれていたけど、
    これはあったかな、とは思った。
    >それでも彼は逃避行を続けながらも絵を描いて必死で枢機卿と連絡をとろうとして、
    自暴自棄な生き方ではなかった気がしました。
    そう、無頼ではあるけれど、自暴自棄ではないよね。
    自暴自棄になる人には、ああいう絵は描けないと思う。
    不器用で、一途で、人間や社会の光りと闇、聖と俗を深く見つめた人だったと思う。
    是非見てね。

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